大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和38年(わ)320号 判決

本籍

新潟市入船町六丁目三、九四九番地

住居

同市室町一丁目三七番地

機械修理販売業

皆川敏夫

大正三年一〇月一七日生

本籍

新潟市西大山町五二番地の一六

住居

同市関屋田町二丁目二九二番地

無職

高井スミ

昭和三年九月一三日生

右の者らに対する私文書偽造、同行使被告事件につき当裁判所は検察官小林幹男出席して審理をとげ次のとおり判決する。

主文

被告人皆川敏夫を懲役六月に処する。

本裁判確定の日より二年間右刑の執行を猶予する。

押収にかかる偽造領収証一二枚(昭和三八年押第九六号の四、領収証三五枚中別紙偽造領収証一覧表番号1ないし12)を没収する。

被告人高井スミは無罪。

理由

(被告人皆川敏夫関係)

(一)  罪となるべき事実

被告人皆川敏夫は肩書住居地で工作機械の売買修理を営む皆川鉄工所を経営していたが、昭和三七年一一月以降三和機械と合併し新に三和機工株式会社を設立してその取締役となり、新潟市山ノ下古川町四四番地に事務室をおき前同様の営業を営んでいた者であるが、同三八年三月一六日所轄の新潟税務署長に対し自己の個人分の昭和三七年度分(自同年一月一日、至同年一二月三一日)所得税確定申告書(昭和三八年押第九六号の一)を提出していたところ、同三八年七月一一日前記三和機工株式会社事務室において同署係官小田雄一ほか一名より右申告書の内容について調査をうけ、同人より収入金額の一部が申告よりもれている事実を指摘され、自己の納入すべき所得税額の増大することをおそれ、右収入金額より差引くべき外註工賃を、架空人名義の領収証を偽造することにより水増しして計上し、これを右小田雄一に提出しようと考え、

第一、同日頃の午後八時頃前記被告人方自宅において、皆川剛、同美津子とともに行使の目的をもつてほしいままに、あらかじめ買い求めておいた市販の領収証用紙と他から借りあつめた有合せ印を用い、別紙偽造領収証一覧表番号1ないし12記載のとおり、その金額欄に「三万弐千円」等、作成年月日欄に「37・3・10」等、その他の記入事項として「旋盤修理二人」等と記入し、その各末尾に「新潟市河渡、山口正」等の作成名義人を記入し、その名下に「山口」等の前記有合せの認印(内六ケ、前同押号の六ないし一〇)を順次押捺したほか、竹内修の名下には皆川剛において自己の拇印を押捺し、もつて山口正ほか九名作成名義の領収証一二枚(前同押号の四の内一二枚)を偽造し、

第二、同月一九日頃同市上大川前通八番町一二四五番地所在新潟税務署において、右偽造領収証一二枚を、前記皆川剛、氏名不詳者、同税務署受付係岩川キミヱを順次介して、同税務署所得税第二課所属の前記小田雄一宛提出して行使したものである。

(二)  証拠の標目

一、被告人皆川敏夫の当公判廷(第一回、第五回)における供述

一、同被告人の検察官に対する昭和三八年一〇月一七日付、同月一八日付(二通)、同月二一日付、同月二七日付(二通)、同月三一日付各供述調書(但し相被告人高井スミとの間の共謀又は教唆に関する供述部分を除く)

一、皆川剛の検察官に対する同年一〇月九日付、同月二二日付、同年一一月四日付、同月一三日付各供述調書

一、皆川美津子の検察官に対する供述調書

一、小田雄一の検察官に対する供述調書(全四通)

一、木戸レイの検察官に対する供述調書(全二通)

一、岩川キミヱの検察官に対する供述調書

一、新潟地方検察庁検察官小林幹男の各所轄警察署長宛捜査指揮書とその捜査報告書(全一〇通)

一、司法巡査半間勇の亀田警察署長宛、居住事実方調査復命書

一、新潟県警察本部刑事部鑑識課新潟県警察技師阿部隆作成の鑑定書

一、前同鑑識課警察主事補堀田一郎作成の鑑定書

一、押収にかかる皆川敏夫の昭和三七年所得税確定申告書一通(前同押号の一)、元帳一八枚(同二)、「皆川敏夫三七年所得計算書」と題する書面一通(同三)、領収証三五枚(同四)、印鑑五ケ(同六ないし一〇)

(三)  法令の適用

被告人皆川敏夫の判示第一の各私文書偽造の所為は刑法一五九条一項に、同第二の偽造私文書の一括行使の所為は同法一六一条一項に各該当するところ、両者は手段、結果の関係にあり、又後者の所為は一ケの行為で数ケの罪名に触れるから同法五四条一項前段及び後段、一〇条を適用して、結局最も重いと認める別紙偽造領収証一覧表番号10の偽造私文書の行使罪の刑をもつて処断することとし、所定刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、情状特に憫諒すべきものがあるので同法二五条一項により本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、押収にかかる偽造領収証一二枚はいずれも被告人の判示第一の所為より生じ、且判示第二の所為を組成したもので被告人以外の者に属しないことが明らかであるから同法一九条一、二項により之を没収することとする。

(被告人高井スミ関係)

被告人高井スミに対する本件公訴事実の要旨は、「被告人高井スミは皆川敏夫の依頼を受けて同人のため所得税申告その他の税務相談に応じ、同人のため昭和三七年度分所得税確定申告書を作成し、所轄の新潟税務署長に提出していたものであるところ、昭和三八年七月一一日、新潟市山ノ下古川町四四番地所在三和機工株式会社事務室において、同署係官小田雄一ほか一名から右申告内容について調査を受けた際、同人より収入金額の一部が申告よりもれている事実を指摘されるや、右収入金額から差引くべき外註工賃を、架空人名義の領収書を偽造することにより、水増しして計上し、これを右小田雄一に提出することを企て、

第一、皆川敏夫と共謀のうえ、同日同市室町一丁目三七番地所在皆川敏夫方において、行使の目的をもつて皆川敏夫において皆川剛、同美津子をして前判示第一のとおり山口正ほか一〇名作成名義の領収証一二枚を作成させて偽造し、

第二、翌一二日頃、同市西堀前通一一番町所在新潟民主商工会事務所において、右偽造領収証一二枚に更に附加して提出するための領収証一通を偽造しようと企て、前記皆川剛と共謀のうえ、行使の目的をもつて、即時同所において、右剛が別紙領収証一覧表の番号13の欄に記載のとおり、有合せの市販の便箋一枚に、領収書と標記し、金額を「金二万六千円」、内訳を「機械修理組立代金」、作成年月日を「昭和三七年六月一六日」と記入し、その末尾に作成名義人として「新潟市山ノ下吉田次男」と記入し、その名下に有合せの「吉田」と刻んだ認印を押捺し、もつて吉田次男作成名義の金額二万六千円の領収書一枚を偽造し、

第三、皆川敏夫と共謀のうえ、被告人高井において同月一九日頃、自ら右領収証と別個に作成した皆川敏夫の申告所得を修正する内容の「皆川敏夫三七年所得計算書」と題する書面に前記第一、第二の偽造領収証合計一三枚(第二の偽造領収証につき皆川敏夫との共謀を除く)を他の真正な領収書に編綴して添付し、前判示第二のとおり前記小田雄一宛に一括して提出して行使したというのであつて、第七回公判廷における被告人高井スミの供述によれば、同被告人が昭和二九年九月以降新潟民主商工会の事務局員となり、同会々員である中小企業者のため記帳、経理及び納税事務等についての相談、指導に当つてきたこと、同被告人は右商工会々員であつた皆川敏夫が前判示のごとく個人営業である皆川鉄工所を三和機工株式会社に改組した同三七年一一月頃から同会社を担当することとなり、前記古川町所在の同会社事務室にでむいて、会社への引きつぎ帳簿の記帳及び税務等についての相談、指導に当つてきたことが認められる。

(公訴事実第一について)

一、皆川敏夫の当公判廷における供述(以下皆川供述という)の要旨

第三回公判廷において証人皆川敏夫は大略次のごとく供述している。

「昭和三八年七月一一日新潟税務署員二名が、昭和三七年度分の私個人の所得税確定申告について二回目の調査に来た。確か午前一一時頃と思う。私ははじめから立ち会つたわけではないが古川町の事務室に帰ると税務署の小田さんと杉浦さんが来ており、そこに高井さんもいた。その際税務署の方から元帳を見せてくれといわれ、うちの事務員が出してきてみせた。事務室には仕切りのカーテンがあるが、表の道路側のテーブルに私と高井さんと署員二名が坐り応接した。結局昭和三七年一月から四月までの収入が確定申告からもれていることを指摘されたが金額の点はおぼえていない。それから私の方でそういうのがあるなら結局外註工賃がもれているんじやないかと税務署の方にいつた。外註工賃というのは私の方で職人達に渡したもので大体三五万ぐらいの見当だつたので、税務署員にも大体三五万ぐらいのことをいつた。税務署員はそれだけのものがあるなら早速そこへ行つて何とか領収書を書いてもらつて近々に出してくれといいました。それで高井さんの方で大体一週間ぐらい猶予をみていただけば、そういう書類をそろえて出しますといい、税務署員は帰つたと思う。その後で私は高井さんに結局そういうようなやつは本人は新潟にもいないんだし、もらうのは非常にめんどうであるからどうしたらいいかと相談した。高井さんは、じやまあこちらの方で何とか作つたらいいんじやないかというので作ることになつた。金額は大体六〇万ぐらいの範囲内で作つたらいいんじやないかといわれたが、それは結局三五万にすればまだ税金がかかるから六〇万ぐらいにしなさいといわれたと思う。税務署員は午後一時頃帰つたが、高井さんはその後一時間以上いたと思う。私は事務所から帰つてからすぐ領収書を作る準備をした。」(記録二九二丁裏から三〇二丁、三二二丁以下)

二、皆川供述の証拠能力

被告人高井スミの公訴事実第一の犯行は、相被告人皆川敏夫の前判示第一の私文書偽造罪につき共謀共同正犯としての刑事責任を訴追するものであること、右事実については被告人高井スミは当公判廷において後記のとおり終始否認をつづけており、これを認めうる証拠としては、前示皆川敏夫の当公判廷における、昭和三八年七月一一日午後一時すぎ頃新潟市山ノ下古川町四四番地所在三和機工株式会社事務室内における被告人高井スミとの謀議についての供述以外には存しないことは本件審理の経過より明らかである。

ところで刑事被告人は、公判廷における自白であると否とを間わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には有罪とされないという保障があるから(刑事訴訟法三一九条二項、日本国憲法三八条三項)、被告人に共犯者がいる場合、共犯者の自白も被告人本人の自白に当るかどうか、共犯者の自白供述だけで被告人の犯罪事実を認定することが許されるかどうかがまず問題となる。この点につき、かかる場合右共犯者の供述はそれだけでは完全且独立な「証拠能力」を有しないとする考え方もあるが(共同審理をうけている共犯者の供述につき、最高裁判所昭和二三年(れ)第七七号、同二四年五月一八日大法廷判決、刑集三巻六号七三七頁)、当裁判所は共犯者は共同審理をうけていると否とを問わず被告人本人との関係においては被告人以外の者であつて、かかる共犯者の犯罪事実に関する供述は、憲法三八条二項のごとき証拠能力を有しないものでない限り、自由心証にまかさるべき独立且完全な「証明力」を有するものと考える(最高裁判所昭和二九年(あ)第一〇五六号同三三年五月二八日大法廷判決、刑集一二巻八号一七一八頁)。しかしながら右消極説の根拠が、一般に共犯者は自己の刑事責任を減軽しようとする余り、虚偽の供述をしたり、他の共犯者に責任を転嫁しようとする傾向があるのが通例であり、共犯者の供述だけで被告人の罪意を認めることは人権保障のうえではなはだ危険であるという点にある(前示最高裁昭和三三年五月二八日判決の少数意見)のにかんがみ、以下皆川供述の信憑性について右消極説の論拠を充分考慮に入れて検討しなければならない。

三、皆川供述の信憑性についての検討

皆川供述の内容を検討するのに先立ち、右供述がなされるまでの経過をみると、皆川敏夫は最初(昭和三八年九月二〇日)検察官の取調に際し、自己の犯行を否認していたのみでなく、偽造領収書はすべて被告人高井スミ方で勝手に作つてくれたものである旨の虚偽の陳述をし、自己の刑事責任をのがれるため同被告人に責任を転嫁しようとしたこと、その後の取調において犯行を認め偽造領収書はすべて自分が自宅で作成したこと、右犯行を決意したのは高井スミから六〇万位の領収書を作つて持つて来てくださいといわれたためである旨供述を訂正したことが認められる(皆川供述中記録四一一丁以下)。してみると皆川供述は右の一事で信憑性を失うものとはいえないにせよ、被告人高井スミの刑事責任を問う唯一の証拠であることを考え合わせると、その供述をたやすく措信することは危険であり、その信憑性の検討は自ら慎重とならざるを得ない。

(1)  皆川供述によれば当日税務署員から昭和三七年一月から四月までの収入が確定申告からもれていることを指摘された時、収入がもれているなら結局外註工賃の方ももれている分がある筈だと思い、三五万円ぐらいの外註工賃の計上もれのあることを主張したが、税務署員が帰つてから被告人高井スミに相談したところ外註工賃の領収証を偽造するようすすめられた(この点が共謀か教唆かは一応別として)というのである。しかしながら三五万円の外註工賃を支払つた旨の皆川敏夫の弁明から右領収書を偽造しようとの共謀に至るまでの謀議の経過はきわめて漠然としており、之をもつて私文書偽造の謀議が成立したとの認定の証拠とするには躊躇せざるを得ない。成程皆川敏夫が税務署員にした右弁解内容が全くでたらめであり、その事実を被告人高井スミにおいて了知していたとすれば、税務署員が帰つたあと特段の協議なしに善後策として直ちに領収書の偽造につき共謀するであろうことも想像するに難くはないが、右外註工賃は皆川供述によれば「大体三五万位の見当」にせよ全くのでたらめではなかつたというのであつて、被告人高井スミにおいてもその内容について事前に知る由もなかつたことが明らかであるから、税務署員が帰つた後は、右外註工賃の内訳、領収証の有無の確認、相手方の所在と領収証の再発行をうけることができるかどうか等の検討を経て、なお領収証を欠く分があるとすればどうするかの協議に移るのが通常であろう。しかるにこの点について一時間以上(被告人高井スミの供述によれば四〇分位)前記事務室内で話し合つた間の謀議の内容として「結局そういうようなやつは本人は新潟にもいないんだし、もらうのは非常にめんどうであるからどうしたらいいか相談したところ、高井さんはじやまあこちらの方で何とか作つたらいいんじやないかということで作ることになつた」という程度の前記皆川供述は余りにも簡単且明確さを欠くものであつて供述全体から窺えるあいまいさ(“はつきり記憶していない”“・・・・・といわれたと思う”等)を考慮するとき、これをもつて共謀共同正犯者を処断すべき謀議の成立を認定するに足る充分な証拠とはなし難いのであつて、これを後記被告人高井スミの陳述と対比すると、その信憑性はきわめて薄弱というほかはない。

(2)  のみならず皆川供述によれば、謀議の成立した前記三和機工の事務室は間口一間半、奥行三間を略中央でカーテンで仕切り、裏側に事務机がおかれ、当時木戸レイ及び皆川美津子が事務をとつて在室していたというのである(同供述中記録三二五丁、三二六丁、三三八丁)。ところで第四回公判廷における証人皆川美津子の供述、第五回公判廷における証人木戸レイの供述によれば、両名は当日税務署員が事務室に調査に来てから被告人高井スミが事務所を出るまでの間、終始事務室内にいたわけではないにせよ、少くとも内一名(特に木戸レイ)は在室して事務机で事務をとつており、応接テーブルとは一米半位で話し声は充分聞える距離にいたのであるが、前記皆川供述でのべるごとき本件謀議についてはいずれも「判らない」又は「聞いていない」旨証言しており(記録四九八丁、六一七丁、六三八丁)、特に証人木戸レイは、当日税務署員が帰つた後で皆川敏夫は「うちへ帰つて領収書を捜さなきやならない」といつていたとしか聞いていない旨証言している(記録六一七丁以下)のであつて、右供述はいずれも後記被告人高井スミの供述を裏付ける証拠といい得るとともに、本件謀議の成立についての皆川供述の真偽につき疑念をいだかしめるものといわねばならない。

四、被告人高井スミの陳述について。

被告人高井スミは当公判廷において終始犯行を否認しており、第七回公判廷において、大略「七月一一日の一寸前と思うが木戸レイさんから電話で実は税務署が来て調査されたが提出した損益計算書と元帳が合わないがどうして合わないか判らないので聞かせて欲しいといつて来た。私の方としては元帳を基礎にして損益計算書を作つたんだから合わない筈はないと思つたが、その元帳は非常に不完全なものだつたから計算が合わないんじやないか、説明すれば判ると思い、今度税務署が来るという連絡があつたら行きますと答えた。それで一一日の日に三和機工に行つて税務署の小田さんと杉浦さんと会つたわけです。杉浦さんは経費を元帳からひろう仕事をし、小田さんの方から売上げなどが私の書いた損益計算書と合わない点を指摘した。私はそんな筈はないと、元帳とその資料をかりてソロバンを入れてみると金額は忘れたがだいぶ開きがあつた。それについて木戸さんに聞いたところ、木戸さんが実は今までの元帳はあんまりバラバラになつて見にくいから書き直した、それから三和の事務所の中をかきまわしたら古い皆川さんの請求書等があつたから、それらをもとにして帳簿をみやすいように作り直したということだつた。私の方としては木戸さんが作り直したのが或は正しいかも知れないが、一応税務署に出してある数字を税務署の方に対して訂正しないで勝手に訂正されると困るわけで、私の方でも困つたことをしてくれたと思つたが、私の方としてもどの位違うか確かめようと思い、小田さんに、これは最初に作つた損益計算書の資料になつたものとは違う、私の方でも違いをしらべてみますから一週間位待つてみて下さいとお願いした。小田さんの方で、じやその違いをよく調べてみて下さいといい、私の方でそれを整理して出すということで一応了解されて小田さん達は帰つた。私はまず木戸さんにどういう経過でこれが作り替えられたかをきき、前に私に見せた元帳を出してもらいたいといつたが、使えるものは新しい方に入れ、書き直したのは捨てたという話で、それじやもう一回新しい資料に基いて損益計算書を作るより仕方がないということになり又そういうことを勝手にやつてもらつては困るという話をした。そのあとで、前に税務署員が来たとき皆川敏夫さんの方でまだここに載つていない経費がいつぱいあるんだということをいつたという話を皆川さんから聞いたので、私は皆川敏夫さんにそういうだけでははじまらないから、去年のことだしその辺に受け取りが散らばつているんじやないか、うちへ帰つて家中に残つている領収証をさがしてできるだけ集めて私の方に持つて来てもらいたい、それを基にしてもう一回損益計算書を作つてみますからといつて税務署員が帰つてから四〇分位して帰つて来た。」と陳述しており、右供述は全体として極めて自然且理路整然としており、本件審理の全過程を通じて疑念を容れる余地は全くなく、高度の信憑性を有するものと考えられる。

以上の次第で被告人高井スミに対する公訴事実第一の点は犯罪の証明がないことに帰着する。

(公訴事実第二について)

一、皆川剛の当公判廷における供述の要旨

第四回公判廷において証人皆川剛は大略次のごとく供述している。

「領収証を勝手に作つた翌日、皆川敏夫にいわれてそれを民主商工会の高井さんの所に届けに行つた。その時家から出て来た真正の領収証も一緒にもつて行つた。西堀一〇番町の商工会事務所についたのは午前九時か一〇時頃だつたが高井さんはおらず、事務所入口附近の丸テーブルに椅子をかりて坐つて待つていると、高井さんが来たので持つて行つた領収証を渡した。高井さんはソロバンで金額をはじいて、もう一枚位あつてもいいんじやないかといつた。それで私が便箋とペンと印鑑をかりてもう一枚領収証を作つた。金額は確か高井さんの方から二万六千円といつたと思う。私の方で機械修理組立代金とした。借りた印鑑が「吉田」だつたので名義人は私が勝手に吉田次男にした。私が領収証を作つているのを高井さんはそばで見ていた。私が作つた領収証一通は、持つて行つた領収証三四通とともに高井さんのところにおいて帰つて来た。」(記録五二四丁以下、五五四丁裏以下)

二、皆川剛の供述の信憑性についての検討

被告人高井スミの公訴事実第二の犯行を認定すべき証拠としては共犯者である右皆川剛の供述が唯一であることは本件審理の過程より明らかである。ところで皆川剛は当初(昭和三八年一〇月九日)検察官の取調に際し、問題の吉田次男作成名義の領収証(別紙偽造領収証一覧表番号13)は他の偽造領収証とともに自分が偽造し、一緒に封筒に入れて商工会事務所で被告人高井スミに渡した旨供述したが、その後の取調に対し右供述を変更して、右吉田次男作成名義の領収書は他の一二枚の領収書とは別に商工会事務所で被告人高井スミにいわれて作成した旨の供述をするに至つたものである(記録五八八丁裏以下)が、右供述の変更については、問題の領収証が、他の一二枚の偽造領収証と体裁を異にして便箋を使用しており、同時に作成されたものかどうかについて疑問をもつた検察官が、この点を追及した結果生じたものであろうことは容易に想像するに難くないから、この事実だけからは右皆川剛の供述の信憑性を云々することはできないことは勿論である。しかしながら「高井さんがソロバンで金額をはじいて、二万六千円の領収証がもう一枚位あつてもいいんじやないかといつたので、高井さんから便箋、ペン、印鑑をかりてもう一枚領収書を作つた」旨の供述部分の信憑性は、被告人高井スミにおいて相被告人皆川敏夫との間に総額六〇万円の領収証を偽造することについての謀議が成立していること、被告人高井スミにおいて更に二万六千円の領収証を必要とした何らかの事情が窺われることを前提としてはじめて認められるものであるが、被告人高井スミと皆川敏夫間に右のごとき謀議が成立したとは認め難いこと前判示のとおりであるのみでなく、皆川剛が持参したという領収証三四枚(昭和三八年押第九六号の四、領収証三五枚のうち前記吉田次男作成名義の領収証を除く)の総額は六八万円を超えるのであつて、更に二万六千円の領収証を必要とする事情を窺うことはできず、この点についての後記被告人高井スミの供述と対比するとき、右皆川剛の供述も亦たやすく措信し難いといわねばならない。

三、被告人高井スミの陳述について

この点につき被告人高井スミは第七回公判廷において「小田さんと一週間位と約束して帰つたが、それから一週間位たつて、朝商工会の事務所に戻ると皆川剛さんが一人で入口の応接セツトの所で待つていた、それで持つて来た資料をみせてもらい、預つて自分の席に行き、書き直した例の元帳を基にしてもう一度損益計算書を作つて、それで本来ならば新しく出された領収証を各項目ごとにふり分けてそれぞれの中に入れなければならないが、そうすると反つて税務署のほうが判らなくなるだろうと思い、領収証を全部クリツプにとめて合計額を出し、新しい損益計算書と一緒にして、剛さんにあんた自動車で来たんだから帰りにこれを税務署の小田さんに届けて下さいといつて渡したと思う。」旨供述しており、右供述全体は本件審理の全過程を通じて疑念をさしはさむ余地はなく、充分信用するに足る供述であると考える。

したがつて被告人高井スミに対する公訴事実第二の点も亦犯罪の証明がないことに帰着する。

(公訴事実第三について)

被告人高井スミに対し本件私文書偽造罪が成立せず、且本件各偽造領収証につき事前に偽造文書であることを認識していたことを証明すべき証拠がないこと前判示のとおりである本件では同被告人につき偽造文書行使罪が成立するいわれはないこと多言を要しない。

以上の次第で被告人高井スミに対する公訴事実は全部刑事訴訟法三三六条にいう被告事件について犯罪の証明がないことになるから無罪の言渡をする次第である。

(裁判官 石橋浩二)

偽造領収証一覧表

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例